ガスライティングとは・意味
ガスライティングとは?
ガスライティングとは、加害者側が些細な嫌がらせを継続的に行ったり、わざと誤った情報を提示し続けたりすることで、被害者が自身の記憶や知覚、正気を疑うよう仕向ける心理的虐待の手法。被害者の現実感覚を狂わせることで、被害者が「自分が間違っている」と自分自身を責めて自尊心をなくし、精神的に追い込まれるよう仕向ける行為を指す。
米国心理学会によると、以前は精神疾患を誘発したり、被害者の精神病院への入院を正当化したりするような極端な行為を指していたが、現在ではより一般的に使われるようになっているという。
ガスライティングはDV(家庭内暴力)の一種として取り上げられることが比較的多く、2018年にはイギリスで流行語となり、一般的に定着した。そのほか、2021年から韓国でたびたび有名人が被害を告白したり、2022年にはアメリカでも辞書出版会社であるメリアム・ウェブスター社発表の「今年のワード」の一つに選ばれたりと、近年注目を集めている。
言葉の由来は、1938年に製作され、1944年には映画にもなったアメリカの演劇作品『ガス燈』からきている。この作品の中では、虐待的な夫が家の中の物を動かしたり奇妙な音をたてたりすることで妻の正気を失わせようとし、気づいた妻がその点を指摘しても、夫は「妻の勘違い」だと主張し続け、追い込んでいく様子が描かれている。
ガスライティングが起こる場面
ガスライティングは、家族や恋人間などの近しい関係性の中で起こることが多い。また上司と部下、もしくは夫婦・恋人同士などのように「上下のある関係」や、会社や家族、部活、友人関係の輪などの「上下関係のある集団内」で起こる可能性がある。
前者のように個人が単独で行うケースもあれば、後者のように集団で行われる場合もあり、その場合その行為は「いじめ」の一種であるといえる。ガスライティングの被害者になりやすいのは女性であることがわかっているが、誰もが被害者になりうる。
家庭や社内など、閉鎖された集団内で個人を追い詰めるためにガスライティングが使われることも多く、精神病院の医療スタッフと入院患者の間でガスライティングが発生した事例もある。
ガスライティングを仕掛ける人の特徴としては、ナルシスティックで常に自分が正しいと信じており、自分に対する批判や疑問を許さないといった傾向があるという。しかしそうした態度とは反対に、深層心理には強い不安や自己不信を抱えている場合もあり、それがガスライティング加害の隠れた動機となっているケースもある。
ガスライティングの目的
ガスライティングは加害者が被害者をコントロールして支配し、精神的な自立を奪ったり、依存させ自己判断ができなくしたり、孤立させたりする目的で行われる。そうすることで、加害者は自分の立場や権力を確保しようとする。
恋人や夫婦の間では、相手を自発的に自分に服従させ、加害者から離れられなくするために行われるケースも多い。
また、ガスライティングの目的は一時的に相手を嫌な気持ちにさせることではなく、(やる側に自覚がなかったとしても)最終的に相手を「破滅」させることにある。ここで言う「破滅」とは、被害者を精神的に追い詰めて自死させることや犯罪に走らせること、また特定のコミュニティや職場で孤立させたり、追い出したりすることをいう。
モラハラやストーカーとの違い
上記のような目的、そして相手を精神的に追い詰めるという点で、ガスライティングはモラハラの一種とされることもある。しかし、モラハラは第三者から見て加害者と被害者の区別が明確なのに対し、ガスライティングは嫌がらせの手口がが巧妙で、第三者から見えづらいという特徴がある。
また迷惑行為を繰り返すという点でストーカー行為と類似しているようにも思えるが、ストーカーは相手の気を引くことが目的なのに対し、ガスライティングはあくまで相手を破滅に追い込むことが目的のため、気づかれないように嫌がらせを行う。
ガスライティングの手口
ガスライティングの加害者は、被害者を惑わせるような嘘や言動を繰り返したり、継続的に不自然な事象を引き起こしたり、わざと被害者本人にしか分からないような嫌がらせをしたりと、あらゆる方法で被害者を精神的に追い詰めようとする。
言動によるガスライティングとしては、下記のような手口がある。
- 露骨な嘘をつく
- チグハグな言動をする
- 過去の発言や嫌がらせの事実をわざと否定する
- 身に覚えのないミスを指摘する
- 被害者の発言を毎回否定する
- 誉めた後に、突然けなす
加えて、被害者の物を勝手に移動させたり、パソコンの設定を勝手に変更したりといった嫌がらせをしたうえで、それらについて知らないふりをするといった行為もガスライティングのよくある手口である。これに対し被害者が加害者に説明を求めると、加害者は被害者に対し、「頭がおかしい」「普通じゃない」「お前の記憶が間違っている」といった言葉をあびせ続ける。
そのほか、以下のような小さな迷惑行為を繰り返すこともガスライティングの手口にあたる。
- 物事を何かと被害者のせいにする
- 被害者の日用品の中身を入れ換える
- 家や職場にある物の配置を移動させる
- 日常生活に不自然なことが頻繁に起きているように見せかける
- 音や臭いで不快感を与え続ける
- 被害者が「勘違いだった」と思うようなことを頻発させる
- 偶然を装って何度も道で被害者と遭遇する
- 被害者の移動や行動の邪魔をする
また被害者が孤立するように悪い噂を流したり、わざと周囲の人が被害者に反感を持つよう立ち回ったりと、周囲の人を利用する場合もある。
このような言動や行動を繰り返されることにより、被害者は徐々に自分の記憶や認識が間違っていると思い込むようになる。そうした不快かつ不安な状況が続くと、判断力や集中力が落ちて加害者の言動に依存するようになり、精神的に追い詰められてしまう。
被害者は気づかないうちに加害者から誤った認識や考えを刷り込まれ、自覚していないまま深刻な状況に陥ることもある。その場合、周囲の助けが届きにくくなる。
ガスライティングに関する法律
ガスライティングが社会に広く知られるようになったことで、これに対する法律も整えられてきている。たとえば、イングランドおよびウェールズの「重大な犯罪法(Serious Crime Act)」は2015年に改訂され、ガスライティング行為は罰金刑、または最高5年まで懲役刑に科せられる。
しかし、ガスライティングは、相手が行ったことや、こうした行為を受けたことを証明するのが非常に難しい嫌がらせであることが問題となっている。
上記の法律では、被害者が少なくとも2回は「身体的暴力によって脅されている」と感じていること、または「加害者の行動が日常生活に深刻な影響を与えている」ことを立証する必要がある。ガスライティングは、明らかな窃盗や暴力行為は行わず、被害者にしか分からないような嫌がらせである。そのため、被害として非常に証明しにくい。その証拠に、2017年にイングランドおよびウェールズでガスライティング行為により起訴された被告の半分以上に無罪の判決が下っている。
ロンドンを拠点とするチャリティ団体「Solace Women’s Aid」で「女性の回復啓発プロジェクト」を担当するアネット・トフェル氏は、「ガスライティングは、加害者が長い時間をかけて少しずつ導入していく傾向があるため、特定するのが非常に難しいのです」と解説している。
上記に加え、ガスライティングの有無を特定することはその被害者ですら難しく、被害を受けている人は自分の感覚を疑い、疑心暗鬼の状態のまま誰にも相談できずに我慢し続けてしまうケースも多い。
ガスライティングへの対処法
ガスライティングに対処するためにまず必要なことは、ガスライティングについて認識し、被害の実態に気づくことである。自分自身や親しい人に、以下のような感覚や症状がみられる場合は、ガスライティング被害を受けている可能性を検討する必要がある。
- いつも謝りたいという衝動に駆られる
- いつも自分が間違っている気がする
- 自分には何もできないと思っている
- 思考や意思が支配されている気がする
- 神経質、不安、心配などの感情が頻繁に起こる
- 自分は繊細すぎるのではないか、と常に考えている
- 自分らしさを失っているような、自分らしさとの乖離を感じる
- 物事がうまくいかないとき、自分が悪いと思い込む
- 何が問題なのかはっきりしないが、何かがおかしいという感覚が続く
- 絶望感、焦燥感、感情麻痺が続く
ガスライティングの被害にあっていることがわかったら、まず第一にそれが起きている集団や加害コミュニティをできる限り避けて、その場から逃げることや、無視することが望ましい。アメリカでは有害な相手から身を守るための行動として、“灰色の岩”のようにできる限り相手の行為に反応しないコミュニケーション方法を指す「グレイロック・メソッド」が有効だとされている。
どうしても避けられない場合は、弁護士やガスライティング対策の専門家、DV相談窓口、民間のカウンセリング機関などに相談することをおすすめする。また身の回りで起きた不自然な出来事や、ガスライティングの証拠となる情報を記録しておくことで、後の調査などに役立つ場合がある。
近年ガスライティングへの認知度は高まってきているため、周りの人に相談して取り合ってもらえなくとも、諦めずに専門知識のある人を頼ることで、解決策が見つかるかもしれない。
まとめ
ガスライティングは被害者の破滅を目的に、巧妙な手口で相手を精神的に追い詰めていく非常に悪質な嫌がらせ・虐待であり、ひとつの社会問題でもあると言える。
家族や恋人同士、職場など閉鎖された集団内で起きることが多く、被害者だけでなく加害者側も無自覚のうちにガスライティングを行っている場合もあるという。このため第三者が被害の実態に気づくことが難しく、救いの手を差し伸べづらいのが現状だ。
また先述したように、ガスライティング被害に気づいたとしても公に証明することは簡単ではなく、被害を完全に断つ手段や法的措置も十分とはいえない。
社会の認知度が高まってきたことで被害が認識されやすくなり、今後、法整備や支援のかたちも充実していくことが予想される。まずは、ひとりひとりが少しでもガスライティングについての知識を持つことで、自分や周囲の大事な人を守ることにつなげたい。
【参照サイト】ガスライティングとは?精神的DVの特徴・手口・対処法を弁護士が解説
【参照サイト】ガスライティングの兆候|ガスライティングの実態と解決方法
【参照サイト】How to Recognize Gaslighting and Get Help
【参照サイト】ガスライティングの兆候と手口
【参照サイト】gaslight|American Psychological Association
【参照サイト】Gaslighting: Signs, Examples, & How to Respond
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